自分を変える。働き方を変える。

自分を変えるのも働き方を変えるのも,法則がわかればかんたんです。当ブログでは,様々な法則を紹介します。

知っておいてほしい。学校教育の現状について。

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はじめに

6.3%

これは10年後に今ある会社が残っている可能性だそうです。

正確には10年前にあった会社のうち,今もなお残っているのが6.3%とのことです。

実際にデータをインターネットで調べてみたところ,正確な情報は出てきませんでした。

この数字が正しいものかどうかは別として,それだけ会社を保つのは難しいということなのでしょう。

ところが,学校はどうでしょうか。

当然学校は公的な機関ですので潰れることはありません。

実はそのために様々な弊害が起きています。

今回はそういった現在の学校教育について紹介します。

 

正しく機能しない

会社は世の中に必要とされなければ顧客を失い,倒産します。

つまり力のない,不要とされる会社は消え,力がある皆から必要とされる会社だけが残っていくのです。

ところが学校はそうではありません。

例え学校力がどれだけ無かろうとそこにあり続けることができるのです。

これがあることを引き起こします。

それは時代の流れに適応していかないということです。

本来であれば時代によって必要とされる物や人は異なってきますから,それによって世の中に必要な会社と不要な会社に振り分けられていきます。

ですから企業は時代に取り残されないように様々な企画や商品を考え,常に新しいことに挑戦し続けているのです。

ところが学校ではそういった次代の変化によって淘汰されるという機能は働きません。

なぜなら変化せずとも生き残り続けることができるからです。

みなさんが通っていた学校も今もみなさんが子どものころとほとんど同じような行事を行っていたり,授業を行っていたりしていないでしょうか。

本来であれば,次代を担う子どもたちを育成するのですから,学校が先駆けて様々な新しいことに挑戦しなければならないのです。

しかしながら,変化せずとも学校は生き残り続けるので誰も変化させようとしないのです。

それによって,今も昔も変わらず同じことをやり続けているのです。

 

取捨選択の困難さ

変化させようとしない,と書きましたが容易に変化させられない理由もあります。

それは,地域の方々や保護者の心情によるものです。

昔から伝統ある行事をなくしてほしくない。

毎年この行事を楽しみにしている。

そういった声があると,簡単に何かをやめるということはできません。

また,学校教育では「子どものため」という最強の言葉を使って,全ての論理をねじ伏せるという荒業が存在します。

準備に莫大な時間がかかり,結果として得られるものが少なくても「子どものため」になっていればOKなのです。

おそらく一般企業で,莫大なコストを必要とするけどもリターンはほぼないという企画を打ち出すと当然のように却下となるでしょう。

ところが学校ではそれがまかり通ることがあるのです。

うかつに何かを削ればクレームが入り,「子どものため」という大義名分を掲げ新しいことを取り入れる。

そういった取捨選択の難しさが学校にはあるのです。

 

求められることの過多

教育の動向についてざっくり説明します。

 1992年

「新学力観」いわゆるゆとり教育」がスタート

2002年

「総合的な学習の時間」の登場。

学校完全5日制の実施。

この時点で既に不思議なことが起きていることにお気づきでしょうか。

完全5日制の導入により,学校に通う日が減り,授業を受ける時間が減ってます。しかし,新しく「総合的な学習の時間」が増えているのです。

2011年

「脱ゆとり教育」がスタート

小学校の授業時数は6年間で278コマ増えることになる。

小学5,6年生に「外国語活動」の時間を追加。

土日は休みのままで授業数の増加,これはつまり平日の授業数が増えたということです。

さらに「外国語活動」の追加。

これらにより子どもたちは今までよりも短い時間でより多くのことを学び,身に付けなくてはならなくなったのです。

2018年

「道徳」を「特別な教科 道徳」へ

道徳を教科として指導し,評価することに。

2020年

「主体的で対話的で深い学び」の導入。

小学校の授業時数は6年間で140コマ増えることになる。

小学3,4年生に「外国語活動」を追加。年間35コマ行う。

小学5,6年生は「外国語活動」が「外国語」と正式な教科に。年間70コマ行う(今までの2倍の時間に)。

 

ここまでくればみなさんお気づきでしょう。

そうです。増やすだけ増やして何も削っていないのが現状なのです。

(「総合的な学習の時間」の時数自体は減っていますが他の教科に分配しただけです

そして,こういった状況にも関わらず,学校の行事や業務内容もほぼ変更せずになんとかしようという学校がほとんどなのです。

このままではパンクしてしまうのは目に見えています。

しかし,たとえパンクしようとも潰れないのが学校なのです。

それは強みでもあり,怖さでもあるのです。

 

おわりに

よく学校の教員は社会を知らないと言われています。

これについては色々と言いたいこともありますが,ここでは控えておきます。

ただ,こういった現状に対し,特に何かアクションをするわけでもなく,何かを変えようとすることに抵抗を感じる人たちが多いことは事実です。

そういった事実が学校の教員は社会を知らないという風評を生み出している一因ではあるかもしれません。

もっと学校は変わっていかなければならないのです。

必要・不要を判断し,削るところは削り,変えるところは変えていかなければならないのです。

今回の記事を読んで,少しでも学校教育について興味をもっていただければ幸いです。